私は、母と最期の話ができませんでした|看護師が考える人生会議(ACP)

窓辺の机に置かれた書きかけの手紙とペン、観葉植物のイラスト 元気ノート

私は、母と最期の話ができませんでした

母に乳がんが見つかったのは、私が17歳のときでした。それから1年から1年半ほどで、母は亡くなりました。私は18歳でした。

母方はがんの家系で、親族の多くががんで亡くなっています。「私もいつかそうなるかもしれない」という話は、母から聞いたことがありました。

それでも私は、母と「これからのこと」を話しませんでした。一度もです。

当時の私は高校生で、反抗期でした。部活動と、友達と遊ぶことに夢中でした。

そういう話をするなんて気恥ずかしかったし、「母の死」なんて想像もしていませんでした。

この記事は、その後悔から書いています。

「話しておけばいい」が、なぜこんなに難しいのか

人生会議(ACP)は、もしものときに望む医療やケアについて前もって考え、家族や医療・ケアチームと繰り返し話し合っておく取り組みです(厚生労働省)。

この話になると、「元気なうちに話しておきましょう」と言われます。私もそう思います。

でも、当時の私に誰かがそう言ったとしても、私は動けなかったと思います。

実感がないと、話せない

17歳の私には、母がいなくなるということが、現実として入ってきませんでした。頭では分かっていても、体感として分からない。

これは年齢だけの問題ではないと思います。今、看護師としてご家族と接していても、同じことが起きています。

本人も、言わない

もう一つ、あとから気づいたことがあります。

母は、私に心配をかけたくなかったのだと思います。

自分がどうしたいか、何をしてほしいか。それを口にすれば、息子が不安になる。だから言わない。実際、母は心配させまいとして、私にいろいろなことをしてくれました。

ACPの説明は、たいてい「家族が本人に聞く」という形で書かれています。でも実際には、本人の側にも、言えない理由があります。お互いが相手を気づかって、両方とも黙っている。これがいちばんよくある形だと、私は思っています。

介護の仕事で、「その人を知る」ことの意味が分かりました

母の死を受け入れられず、現実から逃げるように、自分が好きなことだけをして生きた20代でした。

20代の半ば、「資格がなくても自分にもできそう」という安易な動機で、介護の仕事に就きます。今考えても、稚拙で失礼な動機でした。

しかし、そこで人の最期に関わることになります。

夜勤中に急変して救急搬送になった方。施設で転倒されて、その後亡くなったと後から聞いた方。別の施設では、看取りまで行っていました。

当時の私は、なりたての介護職員です。看取りのケアがどういうものか、よく分かっていませんでした。ご家族にどう声をかけたらいいのかも、分かりませんでした。

そのとき、ほかの職員の方たちは、ご家族とこんな話をしていました。

「いつも、お孫さんのお話を楽しそうにされていましたね」
「お歌が大好きで、カラオケのレクリエーションをいつも楽しみにされていましたね」

私には、その話ができませんでした。その方のことを、何も知らなかったからです。

このとき初めて、「その人を知る」ということ自体がケアなのだと分かりました。

今でも、看取りの場面に立ち会うと、母のことを思い出します。

夜の介護施設の廊下。足元灯が床を照らし、奥の部屋の扉から明かりが漏れている

「家で死にたい」と「ここで見てもらえてよかった」

介護の現場で、何度も見た光景があります。

どれだけ懸命に生きてきた方でも、最後は施設で過ごすことになる方が多くいます。そして、「本当は家に帰りたい」「家で死にたい」とおっしゃる方が、とても多い。

一方でご家族は、最後にこう言われます。

「最後はここで見てもらえて、よかったです」

どちらも本心です。どちらも間違っていません。

ただ、本人が望んでいた最期と、実際に迎えた最期のあいだには、しばしば差があります。そしてその差は、あとから埋めることができません。

夜の施設の窓から見える、遠くの住宅街の灯り

自分の望みどおりの最期を迎えるのは、思っているよりずっと難しい。介護の仕事で、それを学びました。

看護師になって、同じ後悔を何度も見ています

31歳で看護師になりました。消化器内科、循環器内科・ICU、回復期リハビリテーション、長期療養と経験してきました。

回復期リハビリテーション病棟では、脳梗塞のあとで言葉が出なくなった方、思っていることと違う言葉しか出てこない方に関わりました。長期療養の現場では、自分の思いを言葉にできなくなった方に関わっています。

その多くは、こうなることを想定していませんでした。人生会議という言葉も知らないまま、ある日突然、そうなっています。

生きているのに、意思を伝えられない。

このとき、ご家族はとても困られます。どうしてあげたらいいのか分からない。そして、必ずと言っていいほど、この言葉が出ます。

「もっと話しておけばよかった」

私が母に対して思っていることと、同じ言葉です。

家族が後悔しやすい、5つのこと

現場で見ていて、「聞いておけばよかった」と後悔されやすいのは、この5つです。

聞けていなかったこと後悔につながる場面
どんなふうに最期を迎えたいか延命治療や過ごす場所を、家族が本人の代わりに決めることになる
これからどう生きていきたいか残された時間で何をしたかったのか、分からないまま過ぎてしまう
お金のこと預貯金や保険の状況が分からず、治療や介護の費用をめぐって家族の意見が分かれる
人間関係のこと誰に会いたいのか、誰に知らせてほしいのかが分からない
仕事のこと職場への連絡や引き継ぎを、どうしてほしかったのかが分からない

医療の話だけではありません。むしろ、医療以外のことで行き詰まる場面のほうが多いくらいです。

話せている家族には、共通点があります

まれに、しっかり話せているご家族もいます。私が見てきた範囲では、特徴は3つでした。

  • もともと家族の仲がよく、日常的に話す習慣がある
  • ご本人が、自分の死生観についてよく考えている
  • ご本人が経営者などで、「こうなったときはこうしてほしい」という指示を、遺言などの形で残している

こうしたご家族は状況をよく理解されていて、ご本人の思いを汲んで考えることができます。

ただし、注意点が1つあります

中心になるご家族が理解していても、周りの親族から意見が入ることがあります。

普段あまり関わっていない親戚の方が、あとから「もっとこうしたほうがいい」と言ってこられる。これは、かなりよくあります。

だから、話した内容はキーパーソンだけで抱えないほうがいいと思います。主な親族には、元気なうちから共有しておく。それだけで、あとの行き違いはかなり減ります。

母に、いま伝えたいこと

2つあります。

できれば、生きていてほしかった

検診を受けてほしかった、というのは本当です。がんを完全に防ぐことは難しいとされています。ただ、早く見つかれば、治療の選択肢は変わります。定期的に検診を受けていれば、早期発見につながった可能性もあったと思います。

でも、本当に伝えたいのは検診のことではありません。

できれば、生きていてほしかった。それだけです。

大切な家族に長生きしてほしいと思うのは、自然なことです。その気持ちを、遠慮せずに持っていいと思います。

もっと遠慮なく言ってほしかった

何がしたいのか。どうしてほしいのか。母は、私に心配をかけまいとして、言わなかったのだと思います。

でも、言われなかったことのほうが、今もずっと残っています。

母の最期の言葉は、「ありがとう」と「ごめんね」でした。今でも忘れられません。そして今も、心の中で返事を続けています。

私の知っている母は、お酒とたばことカラオケが好きな人でした。

健康的な話ではありません。でも、それが母でした。

それでも、今日からできること

難しく考えなくていいと思います。

いきなり「最期をどうしたいか」を聞く必要はありません。好きなものの話から始めれば十分です。具体的なやり方は、別の記事にまとめました。

→ 自分の「好きなもの」、家族は知っていますか|人生会議(ACP)の話

そして、聞くだけでなく、自分から伝えることもしてください。

私の母がそうだったように、本人が黙っているケースはとても多いです。「心配をかけたくない」という気づかいが、いちばん大きな壁になります。

でも、伝えておけば、届きます。米国で60歳以上の方を対象にした研究では、「治療は限定的でいい」と事前に希望を書き残していた人の83.2%が、実際にその希望に沿ったケアを受けていました(Silveira ら、2010年)。研究の詳しい内容は、こちらの記事で紹介しています。

この記事を読まれた方、どうかご家族へ「自分はこうありたい」と思う本心を伝えてみませんか。

最後までお読みいただきありがとうございました。

参考にした情報


※この記事は筆者の経験にもとづく内容と、一般的な情報提供です。個別の診断・治療に代わるものではありません。気になることがあれば、かかりつけ医や医療・ケアチームにご相談ください。

この記事を書いた人

がみの似顔絵イラストがみ/看護師(臨床8年)
介護職を経て看護師に。消化器内科、循環器内科・ICU、回復期リハビリテーション、長期療養を経験し、現在も臨床で働いています。AIとガジェットを実際に試して、確かめたことを書いています。

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