自分の「好きなもの」、家族は知っていますか|人生会議(ACP)の話

緑の木々が見える窓辺のテーブルで、湯のみを前に向かい合って話す家族の手元のイラスト 元気ノート

「もしものとき」、多くの人は自分で伝えられなくなります

いきなり重い話から始めます。

命の危険が迫った状態になると、多くの人が、医療やケアについて自分で決めたり、望みを人に伝えたりすることができなくなると言われています。

この根拠としてよく引用されるのが、米国の研究です。60歳以上で亡くなった3,746人を調べたところ、終末期に医療の判断が必要になった人が42.5%いて、そのうち70.3%は、自分で判断できる状態ではありませんでした(Silveira ら、2010年)。

啓発資料では「約70%」とだけ紹介されることが多いのですが、正確には「判断が必要になった人のうち70%」です。全員のうち70%ではありません。ここは誤解されやすいので、はっきり書いておきます。

そのときは、家族が代わりに判断することになります。でも、その人が本当は何を望んでいたのか、分からないまま決めなければいけない。

だから、元気なうちに話しておく必要があります。

この記事では、その話し合いを指す「人生会議(ACP)」について書きます。ただ、いきなり延命治療の話をするのは難しいと思うので、私は「好きなものの話」から始めてほしいと思っています。

その理由を、現場で見てきたことと一緒に書きます。

言葉にできなくなった人を、何人も見てきました

私は今も臨床で働いていて、事故のあとで自分の思いを言葉にできなくなった方のケアに関わってきました。

事故の患者さんっていうのは、その日の朝まで普通に話ができていた人なんです。出かけたあとに、急に状況ががらっと変わる。

だからほとんどの方が、「これからどうしたい」「ああいうことをしたい」っていう、夢みたいなところを、家族と話ができていませんでした。

ご家族は、「なんでこんなことになったんだろう」っていうのをずっと気にしています。入院中もずっと、どうしてこんなことに、っていう苦悩と悩みでずっと悩んでおられます。

そうなったとき、やっぱり最初に言うのは「もっと話しておけばよかった」っていう言葉です。これは、みんな言います。

私たちも、この人はどんなことが好きなんだろうと思って、ご本人に聞いてみたりするんです。でも、明確な反応はなかったりする。

そしてご家族に聞いても、どういう音楽が好きとか、どういう映画が好き、アニメが好き、どういうドラマが好きっていうのも、あんまり知らなかったりします。

入院中もずっと同じ天井を見てるわけなんですけど、これずっと見てて楽しいわけもないよな、と思いつつ、でも分からない。ずっとそこで悩んでいる感じです。

それはご家族も一緒です。

だからやっぱり、そういう話をするためにも、楽しいこととか、好きなものとか、これからどうしたい、ああしたいっていう話を事前にするのは、すごく大事かなというふうに思っています。

人生会議(ACP)とは何か

ここで、言葉の説明をしておきます。

厚生労働省は、人生会議をこう説明しています。

「人生会議」とは、もしものときのために、あなたが望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取組のこと

英語ではアドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning)といい、頭文字をとってACPと呼ばれます。「人生会議」は、2018年に厚生労働省が決めた愛称です。

大事なのは「繰り返し」というところです。一度決めて終わりではなく、気持ちが変わったら何度でも話し直していい。そういうものです。

話しておくと、本当に希望は通るのか

「話しておいたほうがいい」とは言われますが、実際に希望どおりになるのかは気になるところだと思います。

先ほどの研究には、その答えも出ています。事前に希望を書き残していた人のうち、

  • 「治療は限定的でいい」と希望した人の83.2%
  • 「緩和ケアを中心に」と希望した人の97.1%

が、実際にその希望に沿ったケアを受けていました。

伝えてあれば、かなりの確率で届きます。逆に言えば、伝えていなければ、家族は手がかりのないまま決めることになります。

ただし、これは米国で、60歳以上の方を対象に行われた研究です。日本の状況にそのまま当てはまるとは限りません。また、この研究が扱っている「事前指示書」は書面であり、日本で進められている人生会議(話し合いを繰り返すこと)とまったく同じものではありません。それでも、「伝えておくことには意味がある」という方向を示す材料にはなると考えています。

なぜ「元気なうち」なのか

ACPは、元気なうちから始めるのがいいとされています。

理由は単純で、具合が悪くなってからでは、切り出しづらいからです。

入院している家族に「もしものときはどうする?」と聞くのは、かなり勇気がいります。聞かれた本人も、追い詰められた気持ちになるかもしれない。

そういう状態で話しても、短い時間で事務的なものになってしまいがちです。

元気なときなら、そこまで重くならずに話せます。時間もあるし、気が変わればまた話せばいい。

私は「好きなものの話」から始めてほしいと思っています

ACPの治療の話、つまり延命治療の話って、やっぱり普段はしないと思うんですよね。

死ぬことを想定するというのは、会話の中ではやっぱり難しいかなと思うし、遊び半分で話すことはあっても、真面目に話をすることは、一般の方には難しいかなと思うんです。

でも、「楽しい」とか「これが好き」っていう話は、日常の中で話していて、やっぱり出てくると思うんですよね。夢であったり、目標であったりも。

図:延命治療の話は切り出しにくいが、好きな食べ物や行きたい場所の話なら日常の会話で出てくる
図:話しやすいことから始める

そういう話をちゃんと意識してするというのは、延命治療とか、最期のときをどう過ごすかという話よりは、話しやすいかなと思います。

そして、どんな状況下でも、楽しいことっていうのは、その人にとってすごく大事で、重要なところだなと私は思っているので、そこをこの話の中で大事にしたいなと思っています。

私は、患者さんを「生活者」として見ています

私は看護師なので、患者さんを患者さんと見る前に、生活をする人だと捉えています。その人の生活に寄り添うということを、やっぱり大事にしています。

そのうえで、これは私の考えなんですが、生活をするというのは、自分が自分らしく生きるために、自分の意見を表現できるということだと思っています。

その表現ができていた人が、病気や事故によってそれができなくなる。この状況が、患者さんとご家族にとって、いちばん後悔に変わりやすいタイミングなのかなと考えています。

「もっとあのとき、聞いておけばよかった」。「何をしたいのか、最後まで分からなかった」。そう言って後悔するのは、死ぬ間際の話よりも、楽しいことや目標の話の方なのかな、と思っています。

その人らしさが分かると、ケアが変わります

その人らしさが分かっていると、個別性に合ったケアにつながります。これは当たり前のことです。

やりたくないケアをするよりも、本人がやりたいことをさせる方が、脳への刺激にもなるし、活動意欲も高まる。それが結果として、QOLを上げることにもつながります。

逆に分からないままだと、本人がやりたくないことをずっと押し付けるケアになってしまう。QOLの向上につながらないし、その人らしい生活を確保できない。そう感じています。

何を伝えておけばいいか

難しく考えなくていいと思います。

  • 好きな食べ物
  • 好きな音楽、映画、ドラマ、アニメ
  • 行きたい場所
  • 続けたい習慣、日課
  • どんな時間が、いちばん幸せか

これだけでも、そのときには大きな手がかりになります。

前に書いたとおり、私たちが知りたいのは「この人は何が好きなんだろう」ということです。ご家族が答えられれば、ケアは変わります。

そして逆に、あなたが家族の好きなものを言えるかどうかも、同じくらい大事です。

どう切り出すか

改まって「話し合いをしよう」とすると、たぶんうまくいきません。

日常の中でいいと思います。

  • テレビを見ているとき「この曲好きやったよね」
  • 一緒にごはんを食べているとき「これ好きやんな」
  • 帰省したとき「最近なんか楽しいことある?」

そこから「そういえば、行きたいところとかある?」くらいで十分です。

一度で全部聞こうとしないこと。何回かに分けていいというのが、ACPの考え方でもあります。

書き残しておきたい場合は、自治体が冊子やシートを配っていることがあります。「(お住まいの市区町村名) 人生会議」で検索すると見つかることが多いです。

話すときに気をつけたいこと

ACPは本人の気持ちが中心です。話したくないときに無理に聞き出すものではありませんし、一度決めた内容に縛られるものでもありません。
気持ちは変わって当然なので、そのつど話し直してください。治療方針に関わる具体的な内容は、必ず主治医や医療・ケアチームを交えて話し合ってください。

最後に

読んでくださった方に、いちばんしてほしいことは、シンプルです。

楽しいこと、目標、そして自分の人生で最後に何をしたいか。一度、家族や友達、大切な人と話をしてほしいなと思います。

「人生に彩りを」というのは、私が看護観として大事にしている言葉です。

私にとっての彩りは、笑顔のタイミングを増やすことです。

入院生活であっても、普通の日常生活であっても、笑うということは大切で、重要なことだと捉えています。だからこそ、入院生活でも変わらない笑顔が出せるということが、すごく大切かなと思っています。

そこを、彩りと捉えています。

そして、その笑顔を守るためには、元気なうちからできることもあります。体の変化に早く気づくという話は、こちらの記事に書きました。

なぜ私が「話しておいてほしい」と思うのか。母と最期の話ができなかった私自身の経験は、こちらの記事に書きました。

参考にした情報

※本文中の「70.3%」「83.2%」「97.1%」は、下記のSilveiraらの研究(N Engl J Med. 2010)の抄録に記載された数値です。米国で、60歳以上で2000〜2006年に亡くなった方を対象にした調査であり、日本の状況にそのまま当てはまるものではありません。(2026年9月時点で確認)


※この記事は一般的な情報提供であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。治療方針については、必ず主治医や医療・ケアチームとご相談ください。

この記事を書いた人

がみの似顔絵イラストがみ/看護師(臨床8年)
介護職を経て看護師に。消化器内科、循環器内科・ICU、回復期リハビリテーション、長期療養を経験し、現在も臨床で働いています。AIとガジェットを実際に試して、確かめたことを書いています。

医療・健康分野の執筆・監修のご依頼を承っています。ご依頼・お問い合わせ/プロフィール

タイトルとURLをコピーしました