「もしものとき」、7割の人は自分で伝えられなくなります
いきなり重い数字から始めます。
命の危険が迫った状態になると、約70%の人が、医療やケアについて自分で決めたり、望みを人に伝えたりすることができなくなると言われています。厚生労働省が示している数字です。
10人のうち、7人です。
そのときは、家族が代わりに判断することになります。でも、その人が本当は何を望んでいたのか、分からないまま決めなければいけない。
だから、元気なうちに話しておく必要があります。
この記事では、その話し合いを指す「人生会議(ACP)」について書きます。ただ、いきなり延命治療の話をするのは難しいと思うので、私は「好きなものの話」から始めてほしいと思っています。
その理由を、現場で見てきたことと一緒に書きます。
言葉にできなくなった人を、何人も見てきました
私が今いるのは、長期療養の病棟です。事故のあとで、自分の思いを言葉にできなくなった方のケアに関わっています。
事故の患者さんっていうのは、その日の朝まで普通に話ができていた人なんです。出かけたあとに、急に状況ががらっと変わる。
だからほとんどの方が、「これからどうしたい」「ああいうことをしたい」っていう、夢みたいなところを、家族と話ができていませんでした。
ご家族は、「なんでこんなことになったんだろう」っていうのをずっと気にしています。入院中もずっと、どうしてこんなことに、っていう苦悩と悩みでずっと悩んでおられます。
そうなったとき、やっぱり最初に言うのは「もっと話しておけばよかった」っていう言葉です。これは、みんな言います。
私たちも、この人はどんなことが好きなんだろうと思って、ご本人に聞いてみたりするんです。でも、明確な反応はなかったりする。
そしてご家族に聞いても、どういう音楽が好きとか、どういう映画が好き、アニメが好き、どういうドラマが好きっていうのも、あんまり知らなかったりします。
入院中もずっと同じ天井を見てるわけなんですけど、これずっと見てて楽しいわけもないよな、と思いつつ、でも分からない。ずっとそこで悩んでいる感じです。
それはご家族も一緒です。
だからやっぱり、そういう話をするためにも、楽しいこととか、好きなものとか、これからどうしたい、ああしたいっていう話を事前にするのは、すごく大事かなというふうに思っています。
人生会議(ACP)とは何か
ここで、言葉の説明をしておきます。
もしものときに備えて、どんな治療やケアを受けたいか、どのように生き、どのように最期を迎えたいかを、家族や大切な人と繰り返し話し合って共有しておく取り組みを、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)といいます。
厚生労働省が「人生会議」という愛称をつけています。
大事なのは「繰り返し」というところです。一度決めて終わりではなく、気持ちが変わったら何度でも話し直していい。そういうものです。
なぜ「元気なうち」なのか
ACPは、元気なうちから始めるのがいいとされています。
理由は単純で、具合が悪くなってからでは、切り出しづらいからです。
入院している家族に「もしものときはどうする?」と聞くのは、かなり勇気がいります。聞かれた本人も、追い詰められた気持ちになるかもしれない。
そういう状態で話しても、短い時間で事務的なものになってしまいがちです。
元気なときなら、そこまで重くならずに話せます。時間もあるし、気が変わればまた話せばいい。
私は「好きなものの話」から始めてほしいと思っています
ACPの治療の話、つまり延命治療の話って、やっぱり普段はしないと思うんですよね。
死ぬことを想定するというのは、会話の中ではやっぱり難しいかなと思うし、遊び半分で話すことはあっても、真面目に話をすることは、一般の方には難しいかなと思うんです。
でも、「楽しい」とか「これが好き」っていう話は、日常の中で話していて、やっぱり出てくると思うんですよね。夢であったり、目標であったりも。
そういう話をちゃんと意識してするというのは、延命治療とか、最期のときをどう過ごすかという話よりは、話しやすいかなと思います。
そして、どんな状況下でも、楽しいことっていうのは、その人にとってすごく大事で、重要なところだなと私は思っているので、そこをこの話の中で大事にしたいなと思っています。
私は、患者さんを「生活者」として見ています
私は看護師なので、患者さんを患者さんと見る前に、生活をする人だと捉えています。その人の生活に寄り添うということを、やっぱり大事にしています。
そのうえで、これは私の考えなんですが、生活をするというのは、自分が自分らしく生きるために、自分の意見を表現できるということだと思っています。
その表現ができていた人が、病気や事故によってそれができなくなる。この状況が、患者さんとご家族にとって、いちばん後悔に変わりやすいタイミングなのかなと考えています。
「もっとあのとき、聞いておけばよかった」。「何をしたいのか、最後まで分からなかった」。そう言って後悔するのは、死ぬ間際の話よりも、楽しいことや目標の話の方なのかな、と思っています。
その人らしさが分かると、ケアが変わります
その人らしさが分かっていると、個別性に合ったケアにつながります。これは当たり前のことです。
やりたくないケアをするよりも、本人がやりたいことをさせる方が、脳への刺激にもなるし、活動意欲も高まる。それが結果として、QOLを上げることにもつながります。
逆に分からないままだと、本人がやりたくないことをずっと押し付けるケアになってしまう。QOLの向上につながらないし、その人らしい生活を確保できない。そう感じています。
何を伝えておけばいいか
難しく考えなくていいと思います。
- 好きな食べ物
- 好きな音楽、映画、ドラマ、アニメ
- 行きたい場所
- 続けたい習慣、日課
- どんな時間が、いちばん幸せか
これだけでも、そのときには大きな手がかりになります。
前に書いたとおり、私たちが知りたいのは「この人は何が好きなんだろう」ということです。ご家族が答えられれば、ケアは変わります。
そして逆に、あなたが家族の好きなものを言えるかどうかも、同じくらい大事です。
どう切り出すか
改まって「話し合いをしよう」とすると、たぶんうまくいきません。
日常の中でいいと思います。
- テレビを見ているとき「この曲好きやったよね」
- 一緒にごはんを食べているとき「これ好きやんな」
- 帰省したとき「最近なんか楽しいことある?」
そこから「そういえば、行きたいところとかある?」くらいで十分です。
一度で全部聞こうとしないこと。何回かに分けていいというのが、ACPの考え方でもあります。
書き残しておきたい場合は、自治体が冊子やシートを配っていることがあります。「(お住まいの市区町村名) 人生会議」で検索すると見つかることが多いです。
最後に
読んでくださった方に、いちばんしてほしいことは、シンプルです。
楽しいこと、目標、そして自分の人生で最後に何をしたいか。一度、家族や友達、大切な人と話をしてほしいなと思います。
「人生に彩りを」というのは、私が看護観として大事にしている言葉です。
私にとっての彩りは、笑顔のタイミングを増やすことです。
入院生活であっても、普通の日常生活であっても、笑うということは大切で、重要なことだと捉えています。だからこそ、入院生活でも変わらない笑顔が出せるということが、すごく大切かなと思っています。
そこを、彩りと捉えています。
※この記事は一般的な情報提供であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。治療方針については、必ず主治医とご相談ください。
